高校卒業後、アジア辺境を移り住んで?いたので基本的に一人暮らしが10数年になる。
今年は仕事を辞めてから、次の仕事までの期間が予想以上に開いたので、実家で「座敷わらし」に間違われながら居候を決め込んでいる。
これが、以外にいろんなことに対する気づきをもたらした。
まず、私は記憶力がとってもよかった。(昔はね)
だけど、記憶と言うのは、現実認識と同じく人によって同じ事を体験しても、同じ記憶を共有するとは限らないということに、気がついたのだ。
数ヶ月親のところに居候したおかげで、「昔こうだったよね~」、とか「あのときさあ~」という話をするときに、お互いに記憶に違いがあるということと、相手が覚えているのにまるで覚えていない自分の言動などが明らかになった。もちろん最初はお互いに自分の記憶が絶対だと主張するんだけど、あまりにもそれが多いので、私は上記の結論に至った。
しかも、もともと遊牧民的性質なのか、成人後一つの場所にあまり定住していない私としては、
引越しごとに私物を始末してきた。(郵送費のほうが高いから、現地で新しく調達出来るものはそうする)全く知らない土地に行っても友達も現地で新しく見つければいいし、そのときの私にふさわしい人に新しい場所で出会えるし、もちろん場所を離れてからでも続く友情は続く。
そんな風に、どうやら、いつの間にか記憶も。。。。あんまり過去の事を覚えていなくなったらしい。
最近は、まじめに思い出さないと昨日何食べたか思い出すのも大変(これって、やばい?)
ところが最近はまっている仏教の教えでは、過去にはこだわる必要はなく、今しかない、と言うようなことを言っている。
過去を記憶しないと言うことは、それはそれでいいことなのかもしれないと思う今日この頃。
仕事に影響するような記憶喪失はまずいけどね。
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