2009年4月10日金曜日

津川氏の資料②

引き続き、津川氏から頂いた資料。
「ブータンの地方行政について」


「ブータンの地方行政について」
津川 智明
元「ブータン地方行政支援プロジェクト」専門家
2006年12月

1 はじめに
 ブータンは2008年を期して大きく変わろうとしていることを皆さんはご存知でしょうか。まず、新憲法が発布されます。それを受けて、これまでの君主制議会政治から政党制議会政治に変わります。第4代現国王が退位され皇太子に王位を譲ります。第10次5カ年計画がこの年から始まり、大きな変化としては、201ある地区(Geog)に対し開発資金が交付され、地方主導の地域開発が始まります。また、建国100周年の年に当たります。
 上記変革に当たっていくつかの特徴が挙げられます。まず、君主制から政党制への移行を多くの国民が不安を持って受け止めており、新憲法草案説明のため国王と皇太子が全国を巡行された折には、国王主導の政治を末永く望む声が絶えなかったことです。政党政治への移行はいわば民主国家となるわけですが、主権を得る国民がそれに反対して国王が主権を取り続けるのを望むというのは他の国では考えられないことではないでしょうか。次に、現国王の退位をほとんどの国民が惜しんでいることです。現国王は今年で51歳になられます。1974年、18歳で戴冠され、まさに名君主として実力も人望も絶頂期にある時期に退位される潔さが国の内外から注目を集めています。「国が最も安定し国民が幸せを享受しているこのときに王位を譲るのがいいのだ」と国王は国民に説明されました。国民の間からは政党政治の行く末を案じる声が絶えません。80年代からの学校教育を受けた人々はいろいろな見識を身につけていますが、それにしても地方のブータン人は民主化すら想像できないのです。果たして、あと2年足らずで総選挙を実施して国をリードしていく議員を選ぶことができるのか、私も心配です。

2 変わりゆく地方行政
 これまで中央政府におんぶに抱っこだった地方行政と地域開発が地域主導に変わっていきます。まず、2002年に地方分権の規定(Chathrim)が改定され、地区長(Gup)と副地区長(Mangmi)が地区住民による選挙で選ばれるようになりました。それも一人1票の自由投票です。2005年11月に2回目の地区長選挙が実施され、約6割の地区長が新たに選任されました。2002年から地区開発議会(GYT)と県開発議会(DYT)の機能が強化され、それに伴って、それまで県(Dzongkhag)では絶大な権力を持っていた県知事(Dzongdha)の役割が制限されるようになりました。いわば立法と行政が分離されるようになったといえます。逆に選挙で選ばれるようになった地区長の権限が強化され、地域の開発に大きな影響を及ぼすようになりました。地区長は権限の強化と同時に責任も重くなりました。2008年から始まる第10次5カ年計画からは開発資金(block grant)が中央政府から地区の公金口座に直接交付される予定です。そうなれば、名実ともに“地域の開発は地域の人々の手で”行われるようになります。
 中央政府としては、地域の開発を地域主導で行うようにすることで、地域住民が直接自分たちの地域開発に責任と主体性を持つようになり、かゆいところに手の届く開発が実施されるようになることを期待しています。また、住民による開発への直接参加を促進することで開発予算を軽減できると考えています。地方分権化促進のために、中央政府は2002年から着々と手を打ってきており、例えば地区担当の経理職員を増員したり、地区行政官を新しく雇用して配置することも決定されています。また、これまでボランティアで活動していた地区開発議会のメンバー(Tshogpa)には多少の手当てが支給されることになりそうです。

3 JICAの協力
 中央政府から地方行政体(県および地区)へ権限と責任が移譲されることはブータンの国づくりにとって好ましいことなのでしょう。しかし、権限と責任を移譲するためには県や地区の職員が責任を持って業務を遂行できる能力を備えている必要があります。そこで、ブータン政府はJICAに対し地方行政に係わる人材の能力が向上され、地方分権化の制度造りを目標としたプロジェクトを依頼しました。
  プロジェクトは4つの柱から構成されています。1つは地区業務の核となる地区センターの建設です。地区長や副地区長はこのセンターで日常の仕事をし、地区住民への行政サービスを実施します。2つ目は中央、県、地区において地方行政に係わる業務をスムーズに行うために必要な機材を供与しました。3つ目は中央、県、地区の職員を対象とした研修を実施しました。4つ目は対象地区(ハ、ブンタン、タシガンの3県にある25地区)においてパイロットプロジェクトを実施しながら関係者の能力を向上することです。
 4つの柱のなかでもっとも資金と時間と労力を要したのはパイロットプロジェクトの実施でした。2008年、第10次5ヵ年計画から予定されている開発資金に当たる予算を本プロジェクトで付与し、パイロットプロジェクトについて住民が話し合い決定し、実施するという過程を経ながら地方行政体関係者の能力向上を目指すものです。県や地区では、このようなプロジェクトの実施は初めてのことであったため、話し合いがスムーズに行なわれなかった地区もあり、当然さまざまな問題も起こりました。これらを解決しながら制度造りに貢献していくことも、このプロジェクトの目的でありましたので、能力向上や制度造りには役立ったと思います。

4 目指すべき地方行政
 現国王は1974年の戴冠式の挨拶で、最も重要な課題は「経済的な自立」であるとした上で「As far as you, my people, are concerned, you should not adopt the attitude that what- ever is required to be done for your welfare will be done entirely by the Government. On the contrary a little effort on your part will be much more effective than a great deal of the effort on the part of the Government.」と述べられました。地方行政の目指すべき姿はこのお言葉に表されていると思います。「自分たちの生活改善は中央政府の賄いに頼ることなく、個々人の力はたとえ小さくとも自ら努力して自らの手で行うほうが中央政府の施しよりも大きな効力が発揮されるのだ」と。あれから30余年にわたり国王は着々と地方行政の体制造りに取り掛かられ、第10次5カ年計画からいよいよ地域住民自らの手による開発が始まろうとしています。

5 おわりに
 ブータンの地方行政をみるにつけ、制度は中央政府によってこれまで一歩一歩準備され、着実に進められてきていると実感します。その源は戴冠式の国王のお言葉に見られます。まだまだ地方行政体の人材も制度も磐石ではありませんが、地域の開発はこれから地域住民自らによる話し合いと発意により行われ、中央政府と県は開発プロジェクト実施に必要な技術やモニタリングを側面から支援していくことになるでしょう。
 経済的な豊かさを元にした幸福の追求ではなく、人と人の繋がりや人と自然の係わりを大切にした幸福の追求を国家目標とするブータン国において、地方行政/地方分権化の成功はいま最も重要な課題であります。

以上

0 件のコメント:

コメントを投稿