ブータン訪問中にお話を伺った津川氏から頂いたGNH概念に関する資料を了解を得た上、ここで掲載させて頂く。津川様、どうもありがとうございます。
以下は「ジグミ・Y・ティンレイ大臣のGNH演説の翻訳」資料だ。
平成16年3月4日
津川 智明
国民総幸福度、価値と開発
(UNDPアジア・パシフィック地域ミレニアム会議の基調演説:1998年10月30日から11月1日、UNDPと韓国政府主催)
ブータン政府代表 ジグミ・Y・ティンレイ大臣
国民総幸福度、価値と開発
1 UN事務次官補、Mr. Nay Htun、この「朝の静寂の地」においてUNDPミレニアム会議に招待いただき光栄です。また、韓国政府に対し我々代表団へ暖かい歓迎を頂き感謝申し上げます。ブータン政府および国民はこの機会に国民総幸福度というブータンの開発哲学を紹介できることを意義深いものと思います。
2 私はこの特別な集まりにブータン国王、ジグミ・シンゲ・ワングチュックからの挨拶と敬意を表する役を担ってきました。国王はこれまで30年近くにわたり国家開発の哲学と概念そして方針をうちたててきました。国王は常々「政府の最終目標は人々の幸福の助長である」と確信をもって言いつづけてきました。
国王はGNH(Gross National Happiness:国民総幸福)をGNP(Gross National Product:国民総生産)より重要であり、国家開発において幸福は経済発展より上位に位置付けられるとしています。
国際開発政策における幸福度
3 幸福とは全ての人類の究極の願望です。全てはこの目的の為になされます。個人のあるいは集合的な努力はこの普遍のゴールのために払われるべきであります。私はブータンがこの目標をどうして国家の開発目標にしたかお話しすることを光栄に思います。しかし、私はこの問題について特別な見識を持つ社会科学者でもなければ優れた僧侶でもないので、私の話の中ですべての質問に旨く答えることはできません。この分野で私の短所はこの問題をユートピアとしてとらえるには専門外であることです。
この最も重要な人間の価値を理解する為に測る分析道具はありません。私たちは矛盾した立場にあります。開発の重要なゴールは幸福の追求ですが、幸福は開発計画のなかにはどこにも述べられていません。しかしながら、計測する道具がないからといって、最も大切なこの幸福を開発計画政策の中に考慮されないという理由にはなりません。
4 人類社会の真の幸せを計る為に、幸福度は重要な要素をなすという考えは自然なことでしょう。
収入の不平等を残念に思うと同様に、社会グループや国家間においても幸福度には違いがあることを理解すべきです。しかし、幸福はほとんどの国家あるいは国際開発機関の政策に入っていません。これらの国家や機関は社会・経済指標の動向には非常に敏感であり、これらの指標と幸福との関係は明確には述べられていません。せいぜい、幸福度が上がるのは社会・経済状況が改善される結果であると見ています。
5 通常の社会・経済指標は計測手法の一つですが、結果については計測していません。
これに関し故Mr. Mahbulul-Haq氏に敬意を表したい。彼はUNDPを代表して「人間
の開発指数」(The Human Development Index)を開発しました。この指数は人々の幸
せに係わる開発の計量可能な指数です。開発政策は、この新しい特質に影響されてきました。ブータンの5カ年計画でも人材開発に特に力を入れています。つまり計画予算の1/4を教育と医療に当てています。将来において、HDIに幸福度の要素を盛り込んで欲しいものです。
6 幸福度は政策指標であるべきです。これは新しい方向付けであり新たな研究課題になります。21世紀の国際化は幸福度にどのように影響を与えるか知りたいものです。情報・通信技術は人々にどのような影響を及ぼすのでしょうか。生物学的、文化的多様性の減少は個々のあるいは集団の幸せの可能性に対してどのような影響を及ぼすのでしょうか。現代教育と履修内容で教える特殊な科学の世界観は次世紀において文化的に豊かな日常生活を減少させるのでしょうか。宗教離れと核家族化は人々の孤独を増し、都市での生活の中で孤立感を助長するのではないでしょうか。社会と経済の急速な自動化は個人の幸福を助長するのでしょうか、減少するのでしょうか。世界に広がる資本主義と世界貿易の自由競争は人々の生活をもっと不幸に、不安定にするのではないでしょうか。遺伝子工学や生命操作は幸せを助長するのでしょうか。どのような政治、国家、地域、世界が幸せを助長するのに適しているのでしょうか。いろいろ述べましたが、もっとも聞きたいのは上記の事項は幸せを助長するのでしょうか、ということです。
ブータンでの開発ゴールとしての国民総幸福度
7 ブータンの経験を述させてください。開発の哲学を簡単に述べ、これとGNHとの関係を述べたいと思います。国民総幸福度を説明するために概念の正当性とその実施結果を述べるにおいて、ブータンの開発哲学はヒマラヤ山脈よりも高い妥当性があり、次世紀の開発のゴールと開発哲学を実施する機会は幸福度という概念で染められるでしょう。
8 GNHはブータンの哲学および政治の概念であり、開発の重要な目的であることは明確に理解されています。これは他の途上国の経験から学んだことです。物質追求の執念は精神的荒廃をまねき、物質追求の執念が今日の人類文明の核になっていると思います。我々が直面する最初のチャレンジは快適で安全な生活を築くため、いかに精神性を保護し発展させるかということです。我々はいかに物質主義と精神主義の釣り合いを取るか苦労しています。
9 普通のブータン人はこの精神主義と物質主義のバランスをどのように取ろうとしているか、いろいろなことが経験から知られています。これは私が数年前、東ブータンの地方行政役所で働いていたときの話です。ある卓越した農夫が収穫量の多い米の品種で二期作を始めました。その年、この農夫は収穫量を2倍に増やしました。他の農夫の励みになる成功物語です。ところが驚いたことに、この農夫は次の年には何にも生産しようとしなかったのです。この農夫は欲張った生き方でなく、楽しくゆったりといきる生き方を選んだのでした。
10 悲しいかな、魂の廃頽は世界の物質主義における貧困を招く競争やねたみを助長する必要悪かも知れません。基本的要求を満足させることと貧困からの脱却は緊急の目標です。
11 経済的豊かさの追求という計測可能な量的指標の目標に加えて、ブータンの開発方針は計測できない3つの目標を掲げています。1つは環境保全、2つは文化促進、3つ目は良い政治です。これら4つの目標は相反するもののようですが、根本のところではお互いに関連しています。文化と環境の目標を追求することは経済発展を遅らすことになり、プロジェクトコストも上がってしまいます。しかし、長期的にみると文化促進と環境保全は疑いなく重要であり、さらに盲目的な経済開発に歯止めをかけることになります。文化的に、あるいは環境を重視している豊かなブータンの社会は、もし経済至上主義が社会に根付くようなことになっていれば、それを受け入れなかったでしょう。富の生産にのみ固執すれば幸福度が減少することは間違いありません。
幸福と悟り
12 ブータンの文化において、内的精神主義の発展は外的物質主義の発展と同様に重要なことです。「発展」という言葉は「悟り」のなかに含まれます。悟りは宗教に限っているものではありません。悟りは幸福の行き着くところと捉えています。たぶん、悟りは精神性と社会・経済環境との調和から生み出されるものではないでしょうか。
13 アジアの多くの社会は精神性の発展というのを能動的な力に託す方向で意識してきました。この能動的な力は自然に対して制圧するという外に向かったものではありません。そうでなく、内側に作用し、「本来の心」を理解し外的世界との関係をよりよく理解することができるのです。自己認識は個人の自由を得るためと、幸福を獲得する為に重要です。現代社会はあまりにも自己のこと、欲望、欲求にとらわれすぎているように思います。幸福というのはこれらのしがらみから開放されることです。
14 ブータンの伝統教育と仏教教育は人生の哲学に合致しています。国家と社会、法律と倫理のイデオロギーはこの哲学からきています。今日、仏教的世界感と科学的学問の両方を調合するための研究のため新たな努力が払われています。反論もありますが、根本的には両者の両立は可能であると信ずるものです。人々の精神的な幸福にとって、これらの人生の哲学という価値が社会に浸透することは重要です。我々の開発方針に仏教は含まれています。日常生活の中だけでなく教育、医療、環境問題の中にも仏教は影響しています。
環境の倫理と幸福
15 個人の関心事と興味を減少させるよう強調することは、現代社会からの逃避であり、開発と建設的発展を拒否していることになるでしょう。我々の考えは、個人の関心事の減少は、人間関係のより幸せな関係構築のため、大切なステップであり、人間と自然と社会環境において侵略と破壊を減少させることになります。人間は豊かな感受性を持っており、この世に存在するあらゆる生きものの中で人間がその鎖の頂点にいるという考えは、それぞれが関連し合っているという不思議な関係を考慮すると間違っています。それは科学的研究からも実証されています。現実社会は階層的なものでなく、全体として繋がった閉じた関係です。従って、持続可能な開発というのは、全ての生き物の関心事であり、次世代の関心事ではなく現代の問題であるといえます。いま述べたことから実証される環境保全の倫理は、ブータン環境政策に影響しています。持続可能な開発のための我々の政策は、実際、現在の地球的エコシステムの悪化にたいする認識より上位にあります。
16 例を上げます。ブータンの南部マナス地域にある、もっとも大切な国立公園は1962年に認定されました。第一次5カ年計画が始まったわずか1年後のことです。ブータンの国土の26%が森林保護地域となっており、そのため驚くべき生物多様性が保全されています。国土の72%は森林に覆われており、そのほとんどが原始林です。森林は国のもっとも重要な天然資源であり、我々の開発哲学の重要な方針の1つは、これらの森林を商業ベースのために開発しないということです。私たちは森林という天然資源を保持することで、ブータンは引き続き世界の空気を洗浄することに寄与していることを嬉しく思います。
17 世界のエコシステムに脅威を与えているのは次の2つのことに起因しています。(a)人口増加 (b)一人あたりの消費量の増加。ブータンは、人口は少ないのですが、家族計画や女性に対する教育を実施することで人口増加の速度を遅らせており、ブータンの特徴である人間と自然との調和は持続可能であるといえます。市場経済は生産と分配において有効であり、経済の拡大とエコシステムと関連づけることは、それは視野が狭い考えといえでしょう。我々は倫理とイデオロギーと信仰と持続可能なライフスタイルに合致する制度が重要であると認識しています。これが、ブータンにおいて、我々が開発を文化的モデルとして捉えることにした背景です。
収入と幸福
18 収入の増加は必ずしも幸福の増加に比例しません。したがって幸福度の計測をした場合、経済活動が活発な国が必ずしも幸福度の高い国とはランクされないことを意味します。幸福や調和をもたらすお金の価値は、そのお金の量が増加するにつれて価値は減少します。もっと掘り下げて言えば、人々がお金を分配する方法は、いつも社会的な立場を考慮して最適であるとは限りません。私は個人的な合理的選択によって生ずる莫大な損失と無駄を無視することはできません。この矛盾は例えば、個人の車を購入することで交通渋滞の原因になったり、国家的軍事費の増加が世界的治安の不安定の原因を作っていることになりかねません。この結果は、幸福と平和について将来にわたってマイナスの影響を生み出すことになるでしょう。
政府と幸福の社会構造
19 我々の国家の創設者(国王)は国民の悟りと幸福を向上させるためにユニークな政府のシステム造りに専念してきました。ブータン政府は、政治と社会構成の発展において弾力性の強い「力」と、昔の社会と、そして西欧の民主主義の長所を取り入れながら国づくりを進めてきました。1961年にブータンの近代化が始まる以前は、ブータン社会は物質的な、そして精神的持続性を維持する為に計画と制度をもっていました。開発の初期段階ではトップダウンの政策で実施されていましたが、トップダウン方式のいくつかは徐々になくなりつつあります。行政と政治の強力な地方分権化は、1981年に国王によって推進されたものですが、開発に関する決定権を草の根レベルに移すことになりました。このことは村と地域の繋がりを強化し、政府の責任と透明性を向上させました。
20 権力の段階的推移という重大な変化は1998年6月に実施されました。それは、ブータンの国会において、選ばれた大臣に全面的事実上の権力を国王から移行したときです。国王は政府の首長であるという立場を放棄し、このことは国会の執拗な反対にもかかわらず、さらに国王としての立場を選挙で放棄させることができるという想像を絶する制度を含んでいます。
21 我々は、国民総幸福度が依存している社会的結束と統一の強化を維持しようと決意しています。個人的な関心事を過度に追求することは、家族の絆という点に関して我々の社会構造を壊し、それは多分最も危機的な要素になるかも知れません。我々は子供や年配者を含めた全ての家族のメンバーが精神的そして肉体的な安定を見出し、そのような社会を維持することを切望するものです。幸せな環境で子供達は育つべきであるように、年配者も社会の片隅に追いやられるのではなく尊敬されるような社会を望みたいものです。結局、社会関係の広がりと質は子供から年寄りまでを含めた全ての個人的ライフサイクルにおいて、幸せの根幹であるといえます。
22 ブータンの開発哲学に対する国際的な意見はいつも支持されており、今後も引き続き実践を持って受け入れられることを期待したいと思います。しかし、全ての革新的二者選択の開発手段は保守的な伝統に従う考え方というプレッシャーを受けながら挑戦であります。我々は国際化の現実を受け入れながら、いつも選択の余地のある、実質の伴った努力をしています。正しい選択をすることは現在および将来において我々の大事な仕事です。全ての国家が大胆に創造的に開発に対して立ち向かっていることは、生誕3千年を迎えるに年に当たり、人間の幸福を向上させるチャレンジであります。
23 21世紀は次のような世紀になることを期待しています。それは全てのエネルギーと資源が高いレベルの開発の努力のために使われ、その開発の努力は不満足な個人にたいして怒りを静める為だけではなく、全ての人類にとって真の幸福と平和をもたらすために費やされるべきであると考えます。
24 本日は講演する機会を与えていただき感謝の意を表します。